山口のひとりごと。。

「ひとりごと」ですので、「そんな見方もあるんだな」くらいで流してもらえれば。

【政治】「武力」と「対話」はどちらかではなく、両方重要

 

「週刊金曜日」という左派系雑誌の

一般の人の投稿記事で、

「武力より外交による対話が必要」という

タイトルのものがありました。

 

あくまで「理想論ではあるが」と

前置きしながらも、

概ねタイトル通りの主張をしていて、

「人類の歴史をみると、領土を広げる

ためや資源を手に入れるために

権力者は国民の命を犠牲にしてきた」

と書いてあります。

 

 

でも、今の日本が「領土を広げる」とか

「実力で資源を手に入れる」なんて

思っていないですよね。

 

防衛費を増やしているのは

あくまで自衛のためです。

 

 

「武力より対話が重要」って

言う人がよくいるんですけど、

武力と対話は、

どちらかではなく、

どちらも大切です。

 

日本政府は、

武力を強化しているからといって

対話を疎かにしようとしているわけでは

ないでしょう。

 

 

当然、まずは対話による外交が基本。

 

しかし、そこには軍事力が

なければ対話も成り立たなく

なってくる、という話です。

 

 

のび太がどんなに対話を

求めたって、ジャイアンは

言うことを聞かないですよね。

 

なぜなら、ジャイアンは

のび太が殴り返してこない、と

わかっているから。

 

のび太が何か言ってきたら

「うるせぇ、ぶん殴るぞ」と言えば、

もうそこでジャイアンの勝ちに

なるわけです。

 

のび太がジャイアンに

逆らわなければ、

暴力は発生しないでしょう。

 

だけど、それを「平和」と

言えるのか?というのを

考えないといけません。

 

だってそれは、

国と国に置き換えて考えてみると

「属国」になるということなので。

 

 

 

習近平は、

政権批判した国民を罰したり、

特定の部族を弾圧したり、

つまり人権を大切に

していない。

 

それが中国という国である、と。

 

日本がその属国になるっていうのが

本当に「平和」なのか?と。

 

例えば習近平に

「尖閣諸島をよこせ。さもなくば

東京にミサイルを打ち込むぞ」と

言われたときに、ちゃんと毅然と

対応できなきゃいけないですよね。

 

そこで、もし日本の軍事力が

充分でなかったら、

白旗をあげるしかなくなる。

 

でも、日本がちゃんと軍事力を

備えていれば、

「そんなことしたらどうなるか

わかっていますか?」と

言い返すことができる。

 

のび太がジャイアンと同じくらい

強くなることで初めて、

対等に会話ができるということです。

 

そうやって、

対等にやり取りができるというのが

本当の「対話」だと思うので、

だからこそ対話と軍事力は

車の両輪のようなもので、

どちらが欠けても

「平和」は実現できません。