山口のひとりごと。。

「ひとりごと」ですので、「そんな見方もあるんだな」くらいで流してもらえれば。

家族旅行で楽しいと思ったことは少ない。

 

今日はいつもより長文になるかと思います。

 

長々とした「言い訳」を

書いていこうかと思います。笑

 

 

家族旅行というテーマなのですが、

家族旅行と言いますと、

いろんな場所に行った記憶があります。

 

自分が小さい頃に行った

岡山の鷲羽山ハイランドや

おもちゃ王国、長崎のハウステンボス。

 

小学校高学年になると、

当時恐竜が大好きだったから

いろんな県の博物館に行きました。

 

奥出雲だったり徳島だったり

いろんなところに連れて行って

もらいましたが、1番印象深いのは

福井県ですね。

 

福井は恐竜の化石がたくさん

発掘されるということで、

とても大きな恐竜博物館がある。

 

そこに連れて行ってもらったときは

楽しかった。

 

ただ、「楽しかった」というのは

旅行自体が楽しかったというよりは、

単純に博物館を回るのが楽しかったんです。

 

旅行自体は、やはり「車の中で

両親が揉めるだけの行事」という

認識が強くて、あまり楽しかった

思い出はありません。

 

 

その揉め事の間に割って入っても

傷つけられて終わりですから、

自分はひたすら耐えましたよ。

 

ずっとずっと耐えてきた。

 

この気持ちをわかってくれている人は

残念ながら、1人もいない。

 

だけど、自分はずっと耐えてきた。

 

ただ、矛先が弟に向かったときは、

耐えるのではなく、戦いました。

 

自分は弟を守ってきたつもりです。

 

自分が傷つくのはまだ良いけれど、

自分が大切だと思う人が傷つけられるのは

耐えられないので、そこは頑張った。

 

でも、そのうちに、

どんどん自分の意思はなくなって

いったし、感情を感じるセンサーも

壊れていきました。

 

いちいち「辛い」とか「苦しい」とか

「ムカつく」とか思ってても

心が保てませんから、

そういうのを感じる力というのが

衰えていった。

 

その結果、自分が今しんどい、

ということを自分で気づくことができず、

コップの水が溢れて うつ病になりましたよ。

 

酷いもんです。

 

…いや、この言い方だと

「家族のせいで うつになった」

ということになっちゃうかしら?

 

別にそういうことが言いたいわけでは

ないんです。

 

でも、かといって自分のせいでも

ありませんので、とも思う。

 

25歳で自殺未遂しましたけど、

逆にこの環境、そしてこの繊細さで

よく25歳まで頑張って生きましたよ。

 

褒めて欲しい。

 

まぁ、自分で背負う必要のない荷物を

わざわざ背負わなくていいはずですから、

ここはそういう言い方に

させてください。

 

 

 

そんなこともあって、

自分は1人で出かけるのであれば

お気楽に楽しめるのですが、

人と一緒だとやっぱり気を使うし、

自分のことはどうでもいいから

とにかく相手に楽しんで欲しい、

という気持ちになる。

 

だから1人暮らしとか1人ドライブとかが

好きだったりして、

人と一緒にどこかへ行くのももちろん

楽しいんですけど、悪い言い方をすれば

「どうでもいい」と思っているのも

まぁ、否めないかなと思います。

 

楽しいのも本当だし、

どうでもいいのも本当。

 

どうでもいいとはどういうこと?って

思われるかもしれません。

 

なんというか、旅行や観光というものを

純粋に楽しめるような気持ちは

もう失っていますから、

どこに行って何をする、とかは

なんか、どうでもいいのです。

 

「桜を見に行こうよ」と言われれば

別にそれでもいいし、

「水族館に行ってみようよ」と言われれば

まぁ、それでもそれなりに楽しいでしょう。

 

自分が楽しむというよりは、

一緒に行動する人が

行きたい場所について行って、

その人が楽しんでいる時間を

共有するというところに喜びを

感じたりする。

 

 

ただ、それを客観的に見たときに

「こいつ本当に楽しんでるの?」と

見られてしまうこともあるんだと思います。

 

1回、後輩と飲んでいるときに、後輩に

「旅行とか行ってもいいですよね」

と言われたものだから、

「まぁ、行くのはいいんだけど、

俺と行っても楽しくないかもよ」と

返しました。

 

つまり、例えば大阪に旅行に行って、

道頓堀を楽しんだ後に

「次どこ行きますか!」と

言われても「うん、まぁどこでも」としか

言えない。

 

そういうところで

「この人本当に楽しんでくれてるのかな?」

と相手に思わせてしまう、という

残念な特性があります。

 

でも、楽しんではいるんです。

 

楽しくないわけではありません。

 

「自分の意思よりも、相手の要望を

受容する」というのは、

小さい頃から積み重ねてきた

自分の生き残り戦術だし、

それによってそもそも“自分の意思”が

削がれていってしまった、というのは、

今さら自分の力でどうにか

できることでもない。

 

まぁ、自分ではやる気あるつもりなのに

「お前やる気あんのか!」と

見られてしまう、なんていうのは

学生時代からずーっとそうなので、

もう、仕方ないのでしょうね。

 

そこに傷ついた時期もありますけど、

もういいよ、別に。

 

 

だから、例えば友達と飲みに

行くことになりました、というときに、

店選びなんて自分にはできません。

 

どうしても店選びとか

一緒に出かけたときの時間割とかは

相手に任せた方が楽。

 

そこで任せきりになっちゃうことで、

迷惑をかけたり、嫌な思いを

させていることもあるかもしれません。

 

でも、できないものはできない。

 

それが嫌だと思われるんだとしたら

まぁ誘われなくなるでしょうから、

それを受け入れてくれて

誘い続けてくれる人が

本当の友達、ということになります。

 

 

 

そういえば、去年の誕生日、家族で

尾道に行こうということになりました。

 

自分は正直「行きたくない」という

気持ちも強かった。

 

誤解して欲しくないのは、

「面倒くさいから行きたくない」とか

「つまんなそうだから行きたくない」って

いうわけではありません。

 

行ったらまぁ、楽しいだろうし、

実際尾道に行って楽しくて、

弟にトートバックも買ってもらって、

それを未だに大事に使っています。

 

だけど、じゃあ尾道で自分が

何をしたいか?というところで、

別に自分の意思は存在しない。

 

となると、「あなたのための

お出かけなのに、なんであなたが

熱心じゃないの?」と

なるじゃないですか。

 

だから、楽しくないわけじゃないけど、

どこかモヤモヤした旅になりがちなので、

行かない方が良いんじゃないかな、なんて

思ったりしました。

 

でも、そこで断るだけの理由もないし、

自分のために「行こう」と言って

くれてるのだったら

まぁ、行きたいという気持ちもあるし…

 

そんな複雑な心境の中で尾道に

行ったわけです。

 

正直、そんなのばっかりです。

 

 

 

それが結局周りの人の楽しさを

奪うことに繋がるのであれば、

やはり行かない方が良いんでしょうね。

 

これからはちょっと、

家族旅行とか友達と旅行なんていうのは

基本、断った方が良いのかもしれません。

 

相手が全部しおりを作って

くれるのであれば、

たぶん100%楽しめます。

 

だけど、お互いに意見を出し合って

プランを作って行くということであれば

たぶん、温度感が合わないから、

相手もムカついてくるのでしょう。

 

温度感が合わない人と

出かける必要もないでしょうから、

これからはちょっと、

旅行とかは遠慮しておこうかなぁ、と

思います。

 

その方が懸命でしょう。

 

自分は、孤独であるべき人間です。

 

1人で生きます。