山口のひとりごと。。

「ひとりごと」ですので、「そんな見方もあるんだな」くらいで流してもらえれば。

トランプ前大統領が銃撃を受け負傷

 

アメリカのトランプ前大統領が

集会中に銃撃を受け、

右耳を負傷しました。

 

これを受けバイデン大統領は

「彼が無事だと聞いて嬉しく思います」

アメリカにはこのような暴力は

許されません。私たちは国として団結して

これを非難しなければなりません」と

Xに投稿しました。

 

 

思い出されるのは、

安倍さんへの銃撃事件。

 

それ以降、民主主義が脅かされるような

事態が相次いでいて、

今回の都知事選では、小池百合子氏の

演説中に蓮舫氏の支持者が

「辞めろコール」によって

演説を妨害しています。

 

 

いま一度、民主主義とは何かを

考えてみませんか、と思います。

 

言論の自由はある。

 

言いたいことは、

言論によって主張するべき。

 

そして、暴力は当然許されないし、

「人に迷惑をかけること」も

ダメなので、他人の「言論の自由」を

妨害することは許されません。

 

例え相手の言論に賛同できないとしても、

「その人が言いたいことを言える権利」は

立場関係なく尊重するべきです。

 

 

今どうも、いろいろと分断が

過激になっている気がします。

 

熱くなりすぎです。

 

もっと冷静に話し合っていくべきです。

 

【ネタバレ注意】映画「言えない秘密」の感想

 

京本大我さん主演の映画

「言えない秘密」を見てきました。

 

京本くんが、留学から日本に帰ってきた

ばかりの音大生という役なんですけど、

京本くん演じる「湊人」は、

留学先での挫折から、

ピアノを弾くのが楽しくなくなって、

ピアノをやめようとしている。

 

そんな時にたまたま、

古川琴音さん演じる「雪乃」が奏でる

ピアノの音を聴いて、

雪乃の不思議な魅力に触れる中で

だんだんとピアノを奏でる楽しさを

取り戻していく、というような

話なんですよね。

 

 

個人的には、前半観ているうちは

「ありきたりな物語かな」と

思っていました。

 

というのも、湊人の心が解れていく

描写だとか、横田真悠さん演じる

「ひかり」のモヤモヤした気持ちの

描写が、なかなか深いところまで

行っていないんですよね。

 

湊人がピアノを楽しいと

思えるまでの過程が、

意外とアッサリと進んでいくので、

物足りないなぁと感じながら

前半は観ていた。

 

ところが、後半の急展開によって、

ありきたりに見えた前半のストーリーが、

めちゃめちゃ切なく思えて、

今まで起きた全ての出来事は

実はめちゃめちゃ大切な

ものだったんだな、と

感じることができる。

 

そういうお話でした。

 

恐らく、結末を知った上で

もう1回見ると、また前半の見え方も

変わってくるんだろうなぁ、と思います。

 

数年前に「100日後に死ぬワニ」って

流行ったじゃないですか。

 

あれは、話としてはすごく

平凡な話なのですが、

「あと100日で死ぬ」という

結末がわかっているからこそ、

その何気ない日常がめちゃめちゃ

大切なんだな、と思えるわけですよね。

 

それと似たような気持ちに

なりましたね。

 

まぁ、100日後に死ぬワニとは

また展開が違うんですけど、

そこは映画を観てのお楽しみの方が

良いと思うので、書きません。

 

 

京本くんの演技をちゃんと見たのは

初めてですが、結構、静かな感じの

お芝居だったんですよね。

 

その静かな感じが、

「ピアニストっぽいなぁ」と思えて、

結構役に合っていました。

 

とても素敵なお芝居でしたね。

 

 

また、映画の中で、まだピアノを

楽しめていない時の湊人に対して、

雪乃がかけた言葉が印象的でした。

 

_私は湊人のピアノ好きだなぁ。

焦りとか怖さとか、そういうのが

全然隠れてないから。

湊人が「楽しい」と思ったときに

どんな演奏をするのか、

聴いてみたいなぁ_

 

こんなニュアンスのセリフだったと

思います。

 

 

湊人のピアノは、技術的には

めちゃくちゃ高いんですけど、

その中に、留学中の挫折による

自信の無さっていうのが

乗っかっている。

 

たぶん、それを聴いて「上手い」と

感じる人もいれば、

「上手いけれど、なんか不安そうに

弾いているなぁ」と感じる人もいる。

 

で、その不安そうな感じを

ネガティブに捉える人もいれば、

逆に、怖さを感じながらも

必死に弾いている、ということに

勇気をもらう人もいる。

 

雪乃は、湊人の演奏に

勇気をもらっているわけです。

 

その辺りに、音楽というものの

深さを個人的には感じました。

 

 

 

ふと思い出したんですけど、

髭男の藤原聡さんが、

3年くらい前だったと思いますが、

スランプだった時期が

あるんですよね。

 

藤原さんの場合、当然歌の技術は

ものすごく高いので、

まず彼がスランプだと気づいた人が

どのくらい居るのかな、とか

思うんですけど、自分はこれは

明らかに不調だなと感じました。

 

その時の藤原さんの歌は、

Pretender や宿命が売れた頃の、

自然と美しい歌が歌えていた状態を

追い求めて、苦しみながら

歌っているように聴こえました。

 

それもそれで、

「藤原さんでもそういうスランプって

あるんだな」「それでも、こんなに

人を感動させるような歌を

歌えるんだな」というので、

勇気をもらえたりもしますよね。

 

 

そして藤原さんはそこを乗り越えた。

 

去年の紅白歌合戦で披露した

「Chessboard」は、

全国の中高生の合唱とのコラボで

披露したんですけど、

歌ってる全員が一体になって、

素晴らしい歌でしたよね。

 

藤原さんの美しい高音が完全に

戻っていました。

 

なんか、そういう歌っている人の

心理って、結局聴いている側が

勝手に感じているだけのことだったりも

するんですけど、それも含めて

音楽の深さなんですよね。

 

 

この映画は、雪乃との関わりの中で

湊人の心が解れていくという。

人の関わりの温かさを描いた作品でもあり、

また、音楽の深さ・面白さを

描いた作品でもあるんだなと感じました。

 

【政治】都知事選の「石丸現象」について考える

 

東京都知事選、

小池さんが当選することは

わかっていましたが、

石丸さんが2位につけるのは

予想外でしたね。

 

蓮舫さんも120万票以上獲得したので

結構頑張ったと思うんですけど、

石丸さんがそれを上回ってきた、という

結果になりました。

 

 

※今回の投稿は、石丸さんを

批判的に論評していますが、

石丸さんの支持者を

否定する意図はありません。

 

 

 

石丸さんは、無党派層と若年層を

取り込んだんですよね。

 

広島県民ながら自分は

石丸さんについてほとんど何も

知らなかったのですが、

今回の石丸現象を機に、

少し興味が湧いてきました。

 

日経新聞には「石丸躍進 SNSを駆使」と

出ていましたけど、

まさにそのSNSを駆使した発信によって

無党派層と若年層を取り込んだ。

 

ただ一方で、選挙特番での

古市憲寿氏への受け答えでは、

個人的には終始、石丸さんが古市氏を

馬鹿にしているように見受けられ、

「コイツかなり面倒くさい奴だな」

という面が顕になりました。

 

 

 

この人が安芸高田市長として

何をやったのか。

 

よく言われるのは「財政再建」と

「小中学校給食費無償化」ですよね。

 

恐らく、既得権益を打破して、

今まで使っていた無駄な予算を

省いていく。

 

それによって財政の健全化に成功し、

子供により多くのお金を使うと

いうことをやったんだろうな、と。

 

だから、恐らく無能な人では

無いんだろうなぁ、と。

 

普通に有能なんだろうと見ています。

 

 

ただ、人望が無い。

 

頭は良いんだけれども、

周りにいる人間からの人望が

無いんだろうと思うんですよね。

 

自らと同じレベルで会話ができる

人としかまともに話そうとせず、

レベルが低いと判断した人のことは

相手にしない。

 

そういう風に見えてしまいます。

 

 

で、今回石丸さんが都知事選に

立候補した大きな動機として、

地方の過疎化に歯止めをかけたいと

いうのがあるんですけど、

そこも含め、石丸さんって

マクロなことばかり見ている

政治家なんですよね。

 

例えば「安芸高田市の財政」だったり、

「東京の過密化」「地方の衰退」だったり、

そういう、かなり大きなところを

見ています。

 

それは裏を返すと、

今、庶民が何に困っているのかという

足元のことは全然見えていない。

 

未来を見すぎている分、

今のことを見ていないなぁ、というか。

 

この人が、国民の声を真摯に

聞くということはまぁ、

やらないでしょうね。

 

頭が良くてお金も持ってるよという

エリート層には支持されるんでしょうけど、

結局こういう政治家は

庶民の気持ちが全くわからない。

 

もちろん、石丸さんのような視点も

めちゃめちゃ大切ですけど、

肝心の「国民」や「市民」のことは

見えていないわけなので、個人的には

石丸さんのことは支持できません。

 

 

その点、今回石丸さんを支持したのは、

エリート層の他に、

「気分だけはエリート気取りな

若年層」が大きなウエイトを占めていると

思っています。

 

若者の傾向として、

ネット文化で育ってきて、

「自分は強い」と勘違いしているけど

実際、社会に出たら何もできないような

人って多いんだろうと思いますが、

そういう人は石丸さんに

共鳴しやすいんでしょうね。

 

そういう人って、困難に

立ち向かったこともないくせに

「自分は困難なんて余裕で

乗り越えられる」と勘違いを

していますから、

庶民の困難に興味の無い石丸さんとは

よく気が合うんだろうと思います。

 

でも実際、行政が国民・市民を

助けてくれなかったら

困りますからね?笑

 

本当に石丸さんで良いの?というのは、

よくよく考えてもらいたい。

 

 

まぁ、若年層の投票率

上がること自体は良いとしても、

今回の石丸現象には一抹の怖さが

あります。

 

究極的に言うと、石丸さんのように、

頭良さげに見えるような

ふわふわした情報さえ発信していけば、

例えヒトラーのような

独裁者であっても、

若者を熱狂させて当選することが

できてしまう、という可能性が

出てくるわけです。

 

恐らく、政治って汚いもので、

偉そうな政治家が多いなと

思っている中で、なんとなく

石丸さんがそれを打破してくれそうに

見えたから、という、

安易な理由で投票した人が

めちゃめちゃ多いと思うんです。

 

石丸さんの政策も人間性も理解せずに

投票した人がいるとしたら、

今一度、もっともっと情報を見る目を

養って、より深く政治を見ていかないと

いけないんじゃないか、と

言いたいです。

 

(断っても大丈夫ですよ!)

 

後輩を飲みに誘うときに、

自分は必ず、メッセージの語尾に

「(断っても大丈夫ですよ!)」と

つけます。

 

 

というのも、なんかテレビを見ていると、

芸人さんとかで「飲みに誘うこと自体が

ハラスメントになる可能性がある」とか

言ってる人がいるんですよね。

 

でも、それは違うと思いますね。

 

たしかに、先輩から誘われたら嫌でも

行かなきゃいけない、と

後輩が思っちゃうので、

断ることができないというのはあります。

 

そこに先輩が気を使わないといけない、と

いう風潮があるんですけど、

でも、それは流石に考えすぎですよね。

 

飲みに誘ってハラスメントだなんて

言ってくるような後輩が

いるとしたら、そいつが生意気な

だけであって、別に気にする必要は

ないと思うんですけど、、、

 

 

 

ただ、後輩に「断る」という選択肢を

与えることは非常に大切です。

 

後輩としては断りづらいというのは

事実なので「断っても大丈夫」と

こっちから伝える。

 

そのくらいの配慮はあっても良いのでは

ないかな、と個人的には思います。

 

なので自分は必ず語尾に

(断っても大丈夫ですよ!)を

つけるし、実際にそれで断られたことは

何度もあって、もちろんそれを理由に

その後の接し方を変える、ということは

してはいけません。

 

断るという選択肢を、

当たり前に選んで良いんだということを

後輩に思ってもらわないと

いけないですからね。

 

自分としても、後輩とご飯に行って

いろいろ喋りたいという気持ちは

あるのですが、それと同時に、

「後輩の負担になりたくない」

「気を使わせたくない」という

気持ちも強く持っています。

 

 

その点、自分は会社の飲み会なんかも、

「嫌なら行かなくていいと思うよ」と

後輩に言っています。

 

それで何か言われようなことがあったら

「山口さんに行かなくていいって

言われました」と言っていいよ、と。

 

先輩・後輩という関係というのは、

先輩が威張るためではなく、

先輩が後輩を守るために

あるわけですからね。

 

先輩からの誘いだったり、会社の飲み会や

ゴルフ、社員旅行などに対して、

「断っちゃいけない」という風潮は

自分は、無くしていくべきだと思います。

 

カープの最初の本拠地がコカコーラウエスト球場って知ってた?

 

カープが発足した当時の

本拠地球場って、

コカコーラウエスト球場なんですね。

 

いや、今は「コカコーラウエスト球場」

ではなく「広島県総合グランド野球場

と言うんですけど、

コカコーラウエストという名前の方が

個人的には親しみがあるので、

今回はそう呼ぶことにします。

 

観音にある、西飛行場やマリーナホップ

近くにある球場ですよね。

 

今でも高校野球の県大会などで

使われています。

 

 

 

広島に原爆が落とされたのが1945年。

 

焼け野原となったヒロシマの街は、

少しずつ少しずつ、復興していきます。

 

復興に向けた機運というのは

あったんじゃないかなと推察しますが、

闇市が蔓延するなど、

どこかみすぼらしく、健全でない空気も

あった。

 

それが、自分なりに想像する、

当時の広島の様子です。

 

そんな広島県民に、健全な娯楽、

そして希望の光を与えたい。

 

ということで、1949年に広島カープ

誕生しました。

 

 

 

しかし、当時は広島市民球場はまだ、

ありません。

 

そこで、当時の広島で最も設備が

整っていたコカコーラウエスト球場が、

カープの最初の本拠地球場となりました。

 

こういう素晴らしい球場が

広島にあったことが、

広島カープ誕生の1つの要因にも

なっているわけですが、

自分は、ここがカープの本拠地だったとは

全く知らなかったですね。

 

てっきり、発足当時から広島市民球場

本拠地だったんだろうな、と

思っていたもので…

 

 

広島市民球場ができたのは

1957年のことだそうです。

 

カープ発足から8年くらいが

経ってからなんですね。

 

というのも、当時のコカコーラ球場には

ナイター設備がなかったそうなんです。

 

プロ野球が、デーゲーム主体から

だんだんと、ナイターも行われるように

なっていく中で、広島にも

ナイター設備のある球場を作ろう、と

いうことになってできたのが、

広島市民球場

 

ただ、広島市民球場ができるときには、

今のサンフレッチェ

エディオンピースウイング広島と同様、

周辺住民からの反対などもあって

結構、難航はしたようですね。

 

 

そして、そこから2008年まで

使われた後、2009年からは現在の

マツダスタジアムカープ

本拠地になった、と。

 

カープはたまーに、三次きんさい球場とか

鶴岡一人球場(呉二河)とかで

試合をやることもあるので、

コカコーラウエストでもやれば良いんじゃ

ないかな、とか思うんですけど…

 

「THE MUSIC DAY」で加藤清史郎が歌ってたの見た?

 

昨日、「THE MUSIC DAY」という

音楽特番に、加藤清史郎さんが

出ていました。

 

「自分を変えた曲は何ですか?」っていう

コーナーで、清史郎さんにとっての

思い出の一曲ということで、

平井堅さんの「瞳を閉じて」を

生歌唱したんですよね。

 

清史郎さんの歌は初めて

聴いたんですけど、

めっちゃ、上手いなぁと思いました。

 

ミュージカル作品に出たりも

しているので、歌の稽古は

かなりしているんでしょう。

 

そして、「上手いなぁ」というのと

同時に感じたのが、

清史郎さんの緊張感です。

 

アップになったときに、

マイクを持つ手がすごく震えて

いたんですよね。

 

手が震えながらも、

にこやかな表情だったり、

体がノってたりする様子も

見られて、緊張しながらも

楽しもうとしているのかな、と

いう風に見えました。

 

 

思うのが、自信満々の人の

歌は、「伝える歌」ではなく

「魅せる歌」になりがちなんですよね。

 

魅せる歌は、聴いている人を

惚れさせることはできるけど、

感動させることってできるのかなぁ?と。

 

 

伝える歌ってなんだろう?と

考えたときに思うのが、

やっぱり、伝わるかどうか不安だけど、

伝わると良いなぁと願って歌う。

 

そういう歌が、人の心を

打つんじゃないかなぁと思ったりします。

 

 

清史郎さんの歌は、

緊張しているからこそ、

丁寧に歌っていたし、

一生懸命伝えようとして

歌っていました。

 

だからこそ、伝わるものが

あるんだろうなぁと思ったりします。

 

そういえば、自分は去年、

和田アキ子さんの歌を生で聴きましたが、

和田アキ子さんはこのキャリアでもなお、

舞台に出る前は緊張して

手が震えるそうなんですよね。

 

そういう人ほど、丁寧に、

気持ちを込めて歌うので、

「歌の力」を発揮したり

するんだよなぁ、と思ったりします。

 

【政治】財政に家計の常識をって言う人いるけどさ。

 

財政に家計の常識をって

言う人、いますよね。

 

じゃあ、家計の常識って

何だろう?と考えてみる。

 

例えば、月収20万円の人が、

月に19万円の出費をしています、と。

 

そうなると、月1万円ずつ貯金が

できるわけですよね。

 

そしたら、1年で12万円、2年で24万円…と

だんだんと貯金を貯めていくことが

できる。

 

 

しかしある時、30万円のものが

欲しくなった、とします。

 

今までのペースだと、30ヶ月間

貯金し続けないと買えません。

 

さすがにそんなに待つことは

できない、ということで、

きっとその人は、出費の無駄を削って、

少しでも多くのお金を貯めようと

しますよね。

 

 

このように、限られたお金を

ちゃんと考えてやりくりしよう、と

いうのが、家計の常識なんだろうと

思います。

 

何かに出費をしたければ、

別の何かを削らないといけない。

 

こういう考え方を、

財政にも適用するべきでしょ、ということを、

一部の人が言っているわけです。

 

 

まぁ、その視点は必要だと思うし、

特に自治体だと、そういう考え方も

重要なんだろうと思うんですけど、

でも、その理論だけで財政を考えるのは

違うよな、と思います。

 

この家計の常識というのは

「ミクロ」の視点なんですけど、

財政はミクロだけではなく、

「マクロ」の視点も大切です。

 

ミクロが家計の常識、ならば、

マクロは経営の常識、とでも

言うのでしょうか。

 

 

例えば、ある会社で、

1000円の商品を1日に100個

生産しているとしましょう。

 

すると、新しい設備が開発されて、

それを導入すれば、1日に200個の

生産が可能になります、と。

 

そういうことになれば、経営者は、

銀行から借入をしてその設備を

会社に導入しようと考えるはずです。

 

そして、その借金は、

生産性が上がって売上が伸びた分から

少しづつ返していく。

 

そうやって会社は成長していくんだと

思います。

 

 

こういう、マクロの視点も大切だと

いうことは、言うまでもありません。

 

特に国は、国債発行によって

財源を確保することができます。

 

家計の常識で考えれば、

お金を使いたいからといって借金を

するのは良くないんじゃないか、と

なりますが、経営の常識で言えば、

会社の成長のためには借金をしてでも

必要な投資をするべきだ、となります。

 

基本的には税収でやりくりするのが

ルールなんですけど、それで足りない

場合には国債を発行することが

できるので、これを有効活用して

日本という国を成長させていく。

 

この事はもちろん、必要です。

 

 

だから、例えば防衛費は

国を未来に残していくための予算だから、

国債でも良いんじゃないか。

 

あるいは、教育費は、

国民がその教育を受けることによって

知識・技術が上がって

経済に好影響を与えるので、

国債でも良いんじゃないか。

 

そういう議論はあって当然だと

思うんですが、家計の常識でしか

物事を考えられない人には、

それが理解できないんだろうと思います。