自分はあまり、精神論を
言わない方なんですよね。
普通は精神論に片づけちゃうような
ことでも、極力精神論とは違う
着地点を見つけたいなぁ、と。笑
というのも、自分が高校で
バレーやってるとき、
何でも精神論に片づけるような
風潮があったんですよ。
「声出せ」「気合い入れろ」
ばっかり。
だから、自分は自分なりに
頑張っていたのに、
声出すのが下手っていうだけで
「あいつはやる気がない奴だ」
になってしまったんですよ。
でもそれっておかしな話で、
人それぞれ長所・短所があるし、
頑張り方は違う。
なのに、精神論っていう1つの
価値観だけでやる気を測るのは
公平じゃないな、と。
自分が声を出さないのは、
やる気がないからではなくて、
声の出し方がわからないから。
それは、精神論ではなく、
性格の問題だろう、と。
こんな感じで、だいたいのことは
精神論以外の着地点を
見つけることが可能なんです。
自分が塾バイトをしていたときも、
「勉強しなさい!」と言っても
生徒さんは勉強しない。
でも、「こういう風に勉強したらいいよ」
って言ったら、勉強するんです。
要は、やる気がないのではなくて、
どうやって勉強するのかが
わかってないだけなんです。
これは、自分が部活で声を出せなかったのと
全く同じカラクリだよね。笑
だから自分は、できない理由を
精神論に片づけたら負けだと思います。
それは、できない理由に
本気で向き合ってないっていうこと。
幼児に「歯を磨きなさい!」って
言っても磨けるようにはならない。
磨き方を教えてあげなきゃ、
できるようにならないです。
そこで、やり方を教えてないのに
「磨かなきゃダメだって言ってるでしょ!
やる気ないの!?」っていう話には
ならないでしょ?笑
それと一緒ですよ。
指導する立場の人間は、
「頑張れ」じゃなくて
どう頑張ったらいいかを
同じ立場に立って考えてあげなきゃ
いけないと思うわけです