「フェミニズム」という運動を
ご存知でしょうか。
フェミニズムとは、女性の解放や
女性の権利獲得を目指して戦う
女性たちの運動のことです。
そして、そうした女性たちを
「フェミニスト」と言います。
フェミニズムについてこう解説します。
・昔は「女は家庭のことしか
考えられないんだから政治参加の
資格はない」とされ、女性に選挙権が
与えられていなかった。
→それを打ち破るために女性が立ち上がり、
フェミニズムが始まった
・そこから、「女性らしさの強要」と
戦う女性たちがどんどん出てきた
(=周りから認められなくても
自分らしくあるために戦う女性たち)
・「フェミニスト」は女性であれば
誰でも自称できる
☆ かつてフェミニズムは
健全な運動だったが、
現在は、フェミニストの中に
【おかしな差別主義者】が混ざっている
宮台さんの説明にあるように、
フェミニズムとは本来、
「女性だからこうしろ」という
強制からの解放を目指す運動です。
「女は政治に関わらず、家のことだけ
やってればいいんだよ」とか
「女は男の言うことを聞け」とか
「女は清楚であれ」とか、
そういう強制を打ち破って
自由を勝ち取ろう_
そういう真っ当な運動をする人こそが
フェミニストだったはずなのに、
今はそうではない人がいる。
つまり、女性差別を嫌うあまり、
別の差別を生んでしまっている女性が
フェミニストの中に混じっていると
いうことです。
さて、高市早苗さんが、日本で初めての
「女性総理」となりました。
フェミニストとしては、
これは本来喜ぶべきことなんだろうと
思います。
しかし、中には素直に喜べない
女性もいるようです。
その1人が、社民党党首の
福島みずほさんです。
福島さんは「フェミニスト」を
自称する1人なのですが、
福島さんは高市さんについて
こう言っています。
「選択的夫婦別姓に反対するなど、
ジェンダー平等に背を向けてきた
人だから、高市さんが女性初の
総理になったことは嬉しくない」
これは、フェミニズムの精神とは
かけ離れた発言です。
というのも、福島さんは高市さんに
「女性とはこうあるべきだ」というのを
押し付けているからです。
フェミニズムは本来、
「女性とはこうあるべきだ」という
縛りからの解放を目指す運動のはずです。
まず、福島さん自身が
選択的夫婦別姓を訴えていることは、
個人的には賛同しないですが、
それでも「真っ当なフェミニズム」と
言えます。
なぜなら、「女性が結婚によって
姓の変更を半ば強制される」ことからの
解放を目指しているからです。
それが、夫婦同姓を強制される女性を
解放しよう、という目的だとすれば、
それは健全な「フェミニズム」と
言えると思います。
しかし、女性全員がそういう考え方と
いうわけではありません。
結婚をテーマにした
Official髭男dism の楽曲
「115万キロのフィルム」の中に
_苗字がひとつになった日も
何ひとつ代わり映えのない日も
愛しい日々 尊い日々
逃さないように 忘れないように
焼き付けていくよ_
という歌詞が出てくるように、
「苗字がひとつになる」ことに
「この人と家族になったんだ」という
喜びを感じる人も多いわけですからね。
高市さんは、日本が世界に誇るべき
戸籍制度を壊したくない、という
強い信念を持っています。
だから、選択的夫婦別姓に
反対しています。
そういう高市さんの考えに対して、
福島さんは「いや、女性なのに
選択的夫婦別姓に反対とは
けしからん」と言っているわけです。
これ、逆差別ですよね。
だって、福島さんの思う
「女性とはこうあるべきだ」を
高市さんに押し付けているわけですから。
福島さん自身が女性差別を嫌うあまり、
別の差別を生んでしまっている。
このことに気づくべきではないでしょうか。
個人的には
「高市総理」と「女性」を
結びつけるべきではないと思います。
福島さんが「女性」というワードを
反対であり、私の主張とは逆の人なので、
高市総理を支持できません」と言っていれば、
別に何の問題もありません。
そこに「女性初の総理」という枕詞を
つけるから、福島さんが
【おかしな差別主義者】と化しているのです。
何でも「女性差別」と結びつけて
考えるのは、もうやめましょう。