「給料は、転職によって
上げていくもの」と
識者がツイートしているのを
見たことがあります。
これはその通りで、
1つの会社で定年まで働くのではなく
どんどん転職する人が増えてくれば、
会社としては「いや、なんとかウチに
残ってくれ」とか「是非ウチに転職で
来てくれ」ということで、
給料を上げなきゃいけないね、となる。
だから、こういう
「雇用の流動化」というのは
非常によろしいことだと思いますが、
小泉進次郎氏はこの「雇用の流動化」の
捉え方を間違えています。
進次郎は、雇用の流動化=クビに
しやすくすること、だと思っている。
会社が社員をクビにするハードルを
下げようじゃないか、というのが
進次郎の発想なんですよね。
でも、そうではなくて、
社員が自ら意欲を持って違う仕事に
移る、というのが、本当の意味での
雇用の流動化です。
もし進次郎が総理大臣になって、
社員をクビにするハードルを
下げてしまったらどうなるか。
例えば10人居る営業所で、
最も成績の悪いAさんという人が
いたとします。
奥さんがいて子供がいて、
頑張って働いて家族を養っている。
でもある日、会社から
「君は成績が悪いから、出ていって
くれないか?3ヶ月分の給料を
払ってあげるから」と言われて、
クビにされる。
そうなると、Aさんは強制的に
転職しなければいけなくなりますが、
当然、元々いた会社よりも
高待遇のところにはなかなか、
行きにくいでしょう。
能力不足でクビになった人を
雇ってくれる会社となると、
元々いた会社よりは
給料も安く、より簡単な仕事内容の
会社に行くことになるでしょう。
そうなると、いわゆるデキる人と
デキない人の格差がどんどんと
広がっていくことになりますよね。
デキる人はどんどん昇給し、
デキない人はどんなに頑張っても
思うような成績が出せずにクビになり、
転職を通じてどんどん仕事の質が
落ちていき、給料が減り、
家族を養うのが難しくなっていく。
そしてそれを「努力不足だ」ということに
されてしまう。
そういう、人間の価値を
生産性や仕事をこなす能力によってのみ
計るという、すごく冷たい社会に
なっていくような気がします。
だから、個人的には進次郎さんだけは
総理大臣にしてはいけないと
思っているのです。
ちなみに、進次郎さんと並んで
期待される「コバホーク」こと
小林鷹之さんは、雇用の流動化について
「経営者・会社側の立場で考える
話ではなく、働く側の意思による転職を
しやすくするのが国のやるべきこと」と
主張しています。
自分は、進次郎よりも断然、
コバホークを支持します。